オススメ本の紹介~『蹴りたい背中』~

皆さん、こんにちは。マスターです。

今回はオススメ本として『蹴りたい背中』を紹介したいと思います。この作品は著者である綿矢りさが史上最年少(19歳)で芥川賞を受賞したこともあり、当時大きな注目を浴びました。

 

以下:ネタバレ注意!

 

 

あらすじは次の通りです。

 

主人公である長谷川初実は高校一年生。クラスでは同級生と距離を取っており、所属する陸上部でも孤立している。そんな中、自分と同じくクラスで浮いた存在となっているにな川に興味を持たれる。その理由は、初実が彼のこよなく愛するオリチャン(モデル)に会ったことがあるためであった。オリチャンを共通項として、二人は一風変わった関係を築いていく。

 

つづいて、初実とにな川の人となりに迫ってみたいと思います。

 

初実には唯一といっていい友人(中学の同級生である絹代)がいるのですが、彼女は絹代が仲間と上辺だけで馴れ合う姿を快く思っていません。「頭の尾っぽを振りながら、絹代は机を囲んで大騒ぎしている雑草の束のもとへ走っていく。どうしてそんなに薄まりたがるんだろう。同じ溶液に浸かってぐったり安心して、他人と飽和することは、そんなに心地よいもんなんだろうか。私は、余り者も嫌だけど、グループはもっと嫌だ」¹という心情は、そのことをよく表しています。こうした想いがあるからこそ、クラス内で容易に誰ともうち解けようとしないのですね。

一方のにな川ですが、「『おれ、オリチャンのファンなんだ。死ぬほど好き。』彼は真面目な顔で言った」²とあるように、相当オリチャンに執着しており、彼女のグッズなども多く収集しています。その態度はファンというよりは、マニアといった方が相応しいのかもしれません(本人はファンと言っていますが)。あこがれの対象への気持ちが強いために、他の物事にあまり興味がない。したがって、クラスでも一人浮いているのでしょう。

 

このような二人が織りなす関係性の中で、初実はにな川に思わぬ欲望を持ってしまいます。それがタイトルにある蹴りたい背中です。

(奥手な場合を除き)大半の人は、親しくなりたい相手に対し、何かしら触れたいという願望を抱くと思います。この触れるとは、物理的な面だけを指すのではありません。例えば、気になる相手ともっと会話したいと思うことも触れたい願望の一形態に入るでしょう。繰り返しになりますが、その形がこの物語では蹴りたい背中だったのです。冷静に考えたら、かなり積極的な接触方法ですよね。いわゆる、「普通」の接近の仕方ではない。しかし、この「普通」を回避した屈折感がこの作品を興味深いものとしています。とにかく、平凡に語られたくない。その意識が物語のところどころに散りばめられています。

 

終わりになりましたが、斎藤美奈子さんの解説を念頭に置きながら違う視点で語ろうとしながら、何だか似通ったものになってしまった感があります(当然、専門家である斎藤さんの足元にも及びませんが)。

とはいえ、差異がなくてはつまらない。そこで、誤読の可能性も多いにありますが、斎藤さんが論じていない最後の場面(ベランダでの初実とにな川のやり取り)について少しばかり言及したいと思います。

この場面を選んだ理由ですが、それは初実とにな川の関係性がよく表れていると思うからです。おそらく、初実はベランダでにな川の他者性(あなたは私と違うという意識)を強く感じたはずです。だから、あの行為に及んだ。ありったけの気持ちを伴って。果たして、最後の段落において、にな川の反応を目の当たりにした初実は隠された願望を表出したのではないかと思います(もしかしたら、確認してくださる方もいらっしゃるかもしれないという甘い期待があるので、具体的な書き方をしていません)。

 

この作品に興味を持たれた方は、ぜひ一読ください。

 

それでは。

 

 

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¹綿矢りさ『蹴りたい背中』、河出書房新社(河出文庫)、2007年、22頁。

²同上、35頁。

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