シンです。
今ブログでは、各メンバーが自分のお薦めの本の紹介をしています。それぞれの個性のようなものが感じられ、とても興味深いですね。私はたまたまそれ以前からこの類の記事を投稿していて、今回で3作目の紹介になります。
私は現代の小説も好きですが、海外の古典や日本の時代小説も好きです。
時代小説と言えば、例えば藤沢周平氏の作品などは、ドラマ化や映画化されているものがたくさんあり、大変人気があります。現代の私たちが忘れ去ってしまった、古きよき日本人の姿が描かれていることが時代小説の人気の理由の一つではないでしょうか。
さて、今回ご紹介するのは、時代小説の一つで、岡本綺堂の『半七捕物帖』です。なぜこの本をおススメするかというと、一粒で二度おいしい、からです。時代小説であると同時に推理小説としても興味深く読めるのです。
作者および作品の特徴について
作者は岡本綺堂という一風変わったペンネームの人です。劇作のかたわら、生活するために新聞記者をしたり、小説も書きました。綺堂はコナン・ドイルのシャーロック・ホームズの推理小説からヒントを得て『半七捕物帖』を書き始めたそうです。「捕物帖」というスタイルの小説は綺堂が生み出した形式なのです。
父親が元徳川家御家人でイギリス公使館に勤務していたこともあり、公使館のイギリス人にホームズが活躍したヴィクトリア朝ロンドンの話を聞いて育ち、コナン・ドイルが生きてホームズの小説を書いていた時にリアルタイムに原作を読んでいます。
いわば江戸時代とホームズものの「1次資料」をもとに書いているので、今読んでもなお色あせない魅力があり、その後これをお手本に様々な作家が「捕物帖」と名の付く作品を世に出しましたが、これを越えるものはまだないとさえ評されています。
また、通常の時代小説が、たとえば江戸時代ならその時代の流れの中でストーリーが進むのに対して、この小説は明治二十年の末頃、主人公である新聞記者が、幕末に岡っ引をつとめていた半七という老人と知り合い、彼の昔の手柄話を聞くという形式をとっています。それによって、ともすると時代小説にありがちな時代のギャップからくる違和感のようなものが多少なりとも和らぎ、ストーリーに感情移入しやすいように思われます。
おススメの話
一連の『半七捕物帖』の作品の中で、私の印象に特に残っているものの一つに、『津の国屋』というお話があります。これは物語の最初の方はまるで怪談話としか思えない出だしで始まりながら、最後には幽霊のしわざではなく、人間の悪だくみだったということが分かるという筋書きで、これなどは「怪談」「推理小説」「時代小説」のまさに一粒で三度おいしいと言える作品ではないかと思います。この種の怪談調の作品は他にもいくつかあります。
それぞれの作品は、半七老人の話の中に、「以前○○というお話をしましたが…」といった他の作品についての話が出てくることがあるものの、基本的には独立しています。ですから自分が面白そうだと思う話から読めばよいと思います。
本の入手方法
前回ご紹介した『家なき娘』はどちらかというと本の入手がしにくかったのですが、岡本綺堂の『半七捕物帖』については、版権が切れているので、近年電子書籍の流行で大いに注目されている、インターネットの電子図書館、青空文庫で無料で読むことができます。
綺堂の公開中の234作品のうち、『半七捕物帖』ものだけでも69の作品があります。
また光文社文庫からも全6巻で出ていますので、青空文庫で読んで気に入った人は本を買って読むこともできます。私も、残念ながらまだ電子ブックリーダーは持っていないので、読みやすさの理由で結局本を買ってしまいました。まあ、自分が気に入った作品ぐらい、本を買って読むのも無駄ではないと思います。
作品の見所
『半七捕物帖』の見所として、現代のDNA鑑定を頂点とする科学捜査万能主義と対極にある、犯人との心理的な駆け引きの面白さがあります。当時、まだ科学捜査と呼べるものはありません。当時は、自らの足で証拠を集め、それをもとに「第6感」を働かせることこそが犯人逮捕に大きな役割を果たしていました。
ある人物を怪しいとにらんだら、まず子分に尾行や張り込みをさせるなどして調べあげた上で、最後の方でちょっと岡っ引の職権をちらつかせ気味に、「お前がやったのだろう。」と凄みを利かせると、その容疑者が「恐れ入りました。」と罪を白状するというのが大抵の筋書きです。
もちろん、中にはなかなか罪を認めない容疑者もいるはずで、当時のことですから今では禁じられている拷問に近い厳しい取調べなども実際には行われていたことでしょうが、そういったあまり後味のよくない記述はこの作品の中にはあまり見られない気がします。
最後に
さて、ここまで『半七捕物帖』についての魅力や見所などを書いてきましたが、いかがでしたか。
この物語で注目すべきは、半七が完全無欠のヒーローとして描かれてはいないことです。当然のことながら人間の勘には誤りもあります。実際、半七老人が過去を振り返って、当時の自らの捜査に誤りがあったと認めている話もあります。
しかし、これは現代の科学捜査万能の時代になった今なお完全に冤(えん)罪をなくすことができないことからして仕方のないことで、作品の魅力を大きく損なうものではなく、むしろ人間味が感じられる部分であると思われます。
特に時代小説や推理小説が好きな方はぜひ一度読んでみてください。では、また。
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